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観音像 11cm
この観音像の背面に次の墨書きがある。
「願主松前蛎崎蔵人武田氏源広林敬白寛文六丙午夏六月吉日」
この像の発見者、高倉新一郎氏によれば、洞爺中の島観音像の
背文及び磯谷の海神社の神像の背文と共に、北海道における
円空の行動を示す重要な史料であるという。
仏像を安置している厨子や木坂などの記録から、松前藩家老で
あった蛎崎蔵人が円空に彫らせ、自分の商場である広尾の
十勝明神社に祭ったらしい。
明治八年廃仏棄釈の際、一度民間の手に移り、所蔵者の移住で
函館に渡っていた。その後、十勝に移ったが、檀徒総代山崎金助が
それを知り、所蔵者に懸請して大正三年三月一八日禅林寺に
祭った。昭和五十二年三月道文化財に指定された。
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